それは、少し時をさかのぼる。
パチパチパチパチパチパチ
パチパチパチパチパチパチパチパチ
ザザザー
パチパチ
ザザー
不規則なリズム。
耳障りで鬱陶しい・・・。
ザザー
パチパチパチ
曖昧だったその音がだんだんとハッキリしてゆくにつれ、聴覚以外の感覚が戻ってくる。
頬と腿にざらついた感触と、衣服の圧迫感。
強い潮の香りと、焼けるような暑さ。
最後に重いまぶたを開くと視覚が強い光を捉え、目の前を真っ白にする刺激に目を細めると、周囲の景色がだんだんと輪郭を見せてゆく。
「やぁ、やっと目が覚めたようだね。お嬢さん。」
少し首の角度を変え、声のする方向に目を向けると、そこには30代位だろうか?もっと上にも見える痩せた男が焚き火の前に座り、串に刺したケバケバしい魚を頬張りながらこちらを見ていた。
瞬時に跳ね起き、距離をとると男に対して身構えた。はずだった。イメージの中では。
無様に砂浜に顔から転げた格好から、ゆっくりと四肢に力を入れて上体を起こす。全身がだるい。
「無理をしないほうがいい。まだ身体がうまく動かないだろうから。」
お腹が空いているだろう?男はそう言って立ち上がると、歩み寄ってきて手付かずの焼き魚を一本、差し出してよこした。
「毒は入っていない。安心するといい。」
一瞬躊躇し結局空腹に負けたボクに、「もっとも、そういう警戒心は私としても君に求める物のひとつなんだがね」と言って満足そうに笑った。
殺すつもりなら既にいつでも殺せたろう。毒は入っていない。そう確信し、勢い良くカリカリに焼けた魚の腹にかじりつく。
「げほっ。カハッ」
しかし身体が食べ物を受け付けず、思わず砂浜に吐き出してしまった。
今度は慎重にゆっくりと噛み砕いて何とか一口だけ飲み込むと、周囲を見回す余裕が出来た。
白い砂浜。抜けるような青い空。蛍光ブルーの海。
どこか、南方の島の砂浜のようだけれど・・・。そこに倒れていたということは、海から流れ着いたのかな?
「ここは、どこ?お前は誰だ?」
お前は誰だ?
お前は誰だ?
その質問が、頭の端に違和感となってこびりつく。
お前は・・・。
「その質問の前に、まずは君自身が誰なのか確認しようじゃないか」
ボク?
ボクは・・・。
あ・・・。あ・・きや・・・ま。
「・・・・あ・・・き・・・。アキヤマウネビ。」
「そう、良く出来ました。君はNinjaMasterタイゴ=アキヤマの一子、ウネビ=アキヤマ。君の故郷風に言えば秋山畝傍。」
男は嬉しそうに笑うと、仰々しく両手を広げた。
そうだ、ボクは秋山畝傍。とある島に建つ巨大な学園に通うくのいち。今朝だって、寮から学園に・・・。
寮から学園に・・・。
その後が思い出せない・・・。
ここは学園のあった島とは、やはり違う場所のようだ。
寮からでたあと、どれくらい経ったのか。何があったのか・・・。
・・・。
「さぁ、招待状をどうぞ、シンデレラ。」
男の声がボクを思考の渦から引き戻した。考え込んでいた時間はほんの数秒だったのだろう。男は、胸元からとりだした一通の四角い白い封筒を手渡す。
封筒には、秋山畝傍という宛名に667とナンバーが刻印されていた。立ち上がり、招待状を受け取る。
「ではさっきの質問に答えようか。」
「ここはね、王子様のお城なんだよ。ここで開かれる舞踏会では、7人の王子様の目に留まろうと皆が必死でダンスを踊るのさ。」
芝居がかった動きで架空のパートナーを相手にターンをする。
「君は、これから王子様の舞踏会に参加するんだ。」
男は踊りながらボクを指差して、続ける。
「そのドレスとガラスの靴は、魔法使いからのちょっとしたプレゼントだよ。」
身に付けているドレスは砂浜に打ち上げられたにしては海水に浸かった様子もなく、手甲に取り付けられた脇差は新品のようにみえる。
「さぁ、お城は向こうですよシンデレラ。」
いつの間にか隣に立ち、男は森の奥を指差した。見ると炊事の煙だろうか?砂浜に隣接するように茂る森の奥に細い煙が数条、空へ向かって上っている。人もかなりの人数がそこにいるのか、わずかに雑踏が聞こえてくる。
「お行き、シンデレラ。かぼちゃの馬車とネズミの従者は、あそこで見つけるがいい。一人では12時の鐘を迎えることも、難しいだろうさ。」
遠くなってゆく男の声に振り向くと、男は消え、そこにはただ主を失った焚き火が変わらずにパチパチと不規則な音を立てるだけだった。